Sweet Whisper
 


 ふっと。何かがどこかで囁いたような。若しくは、軽くて柔らかな羽根のような感触のするものが、触れるか触れないかという微妙さで 額か鼻先をすっと撫でていったかのような。そんな気配があって。それで起こされた、そんなような優しい目覚め。春も間近いこの頃では、早朝の黎明の明るさの中での起床が常であった筈が。今朝は随分と明るさの増した時間帯まで起きなかった自分だったらしいということへ、微かな違和感を覚えたものの、

  「………。」

 それが揺るぎもしない一晩中の定位置・定姿勢であることが、まるで中の見える化粧箱へとパッケージングされてるフィギュア人形みたいだなんて。そんなややこしい言い回しをされたことのあるほどに、天井と向かい合ったまま、じっと真っ直ぐ仰臥しているばかりのいつもの寝相が、今朝は…違って。横を向いて寝ていたことにまずは気がつく。頑丈な体躯は肩を上へと持ち上げれば、屈強さの分だけ高さも増して、結果、肩口が覿面
てきめん冷えるから。それもあっての不動の寝相であったのにと、思う思考との入れ違いもそれはなめらかに、懐ろへと掻い込んでいた、小さな温もりに気がついた。

  ――― 小さいが大切な、やさしい温み。

 あまりに間近になっているので、ふかふかな髪の下、目許あたりは覗けないが、小さなお顔はすっかりと無心な眠りの虜となっており。するりとなめらかな線に縁取られた頬を見、そのまま下方へと視線で辿れば。ほんの僅かだけ合わさった唇の稚
いとけなさが何とも愛らしく。少し大きめのパジャマは此処の備え付けだった代物なので、清潔さ優先のごわごわとした感触が、尚のこと、不格好に彼をくるむ、帷子かたびらか何かのようにも見えたものが。寝ている間に温められたか、今はしんなりとその体の線へと沿っていて。小さな肩の丸みや二の腕の柔らかさを、さしてない生地の厚み越しにこちらへと伝えてくる。サイズが合わなかったのはどうしようもなく、うなじが覗けるほどになって襟や背中が少ぉし浮いており。その襟ぐりから仄かに覗く肌がそのまま、明けの寒気に晒されては寒いだろうとやっと気がつき、掛け布を引いてくるみ直してやっていると、
「………ん。」
 それが刺激になってしまったか、深い息をひとつ、ゆっくりと吸い込んだ肩が、こちらへ とさりと倒れ込んで来て。
“………?”
 自分の居場所や状況が咄嗟には判らないのか、はたまた…再び寝入ったか。同年代の男の持ち物とは到底信じがたい小さな手が、もどかしげにこちらのパジャマを掴もうとして来たのは、布団と間違えてのことらしく。布団の綿ならこうは行かない、すぐにもカバーと一緒くたに掴みしめられるのに。そうではないからこその…その下にある充実した体の堅さに邪魔をされ、思うように引き寄せられないことへ。ムキになったか何度も掴んでは引いてみせ。実はまだ半分寝ていてか、覚束無かったその手に力がやっと籠もったその途端、
「……あっ。」
 ようやっと状況が“見えた”らしい彼であり。あという音にもならないほどの、小さな声を一瞬、短く短く上げてから、

  「………。////////

 悪戯や禁忌破りの発覚・露見を大人に見つからないようにと、子供がささやかに場を取り繕う様子にさも似た、そろぉ〜りと離されたその手の行方。二人の狭間になってて見えないのが残念だなと、思っていたらば、目の前の一番間近にあった前髪が、唐突な間合いにてひょいと上がって…大きな瞳といきなりのご対面。

  「あ…、あ・あのあの。////////

 眩しいほどではないながら、それでも…こうも遅くまで寝ていたのかとこの自分が思うほどに明るい中だ。こちらが既に目覚めていたのだと瞬時に悟った相手が、その顔をかぁっと曙色に染め上げる様をこそ、惚れ惚れと声もないまま見つめていると、そんな無言をどう解釈したやら、

  「ああ、あの、ごめんなさいっ!
   ボクが、あのその、寝坊してしまって。
   進さんはとっくに起きてらしたのに、
   ボクを起こしちゃいけないって思ったんでしょう?
   あのその、えっと………。////////

 ………何だかえらいこと混乱している模様の彼であり。それでなくとも慌てん坊さんで、だっていうのに、
『それでそれで、あのあのっ』
と、いち早く状況の説明をしようとか、ボクは平気だけれどごめんなさいとか、一気に伝えて…全ては進さんが困ってしまわぬようにって。それへと全力でかからんとする、彼なりの“一生懸命”という姿勢や意欲は買うのだが、

  「…小早川。」
  「は、はいっ!」

 優しい声、大好きな声が、こんなに間近から呼んで下さったのへ。どういう反射か、ガバッと横ざまに身を起こしてしまった瀬那であり。
「………。」
 いえ、叱られると思った訳ではないのだけれど。ついの反射で起き上がったそのまま、ちょこりと正座してしまうセナを見やって。バネ仕掛けのおもちゃのように、いきなり懐ろから飛んでった彼に、そうは見えなくとも…これでも度肝を抜かれたらしく。こちらはこちらで、しばし固まってしまった進であり。
「…あの。////////
 あああ、これじゃあ何だか、怒られるようって逃げたか、それか進さんを怖がってるかみたいじゃないかって。今頃になって気づいた粗忽者。何でこうも、しでかしてから気がつくのかな。案じさせまいと思って、なのに、結果として一番傷つけるような“失礼”を選んでしまう 考えなし。

  ――― 怖くなんかないのに。
       それどころか、誰よりも大好きなのにね。

 でもでも、あのその。今、顔を上げられないのは…別な理由もあってのことで。
「〜〜〜〜〜。////////
 セナが真っ赤になってるその傍ら、ゆさりという静かな体重移動を伝えてのこと、ベッドが少しだけ上下をし、
「………。」
 ああ、昨夜からのずっとを一緒にいてくれた人が…その温みが、間近になったのが判る。実際に触れる前から伝わる、包み込む気配。そそがれる視線とそれから、同じやさしさをおびた熱にて、くるみ込むようにそそがれる意識と。
「小早川。」
 頬へと触れる、大きくて暖かな手。促されて見上げれば、深色の眸が瞬
まじろぎもせず、こちらを見やってくれていて。少しだけ上体を屈めると、なめらかに近づいて来て、少しほど脇へ逸れたお顔が到達したのは、空いていた側のセナの頬。触れるだけの口づけだのに、ああでも、昨夜の熱を呼び起こすには十分で。
「…進さん。/////////
 窓からあふれる光を遮って、甘いチャコールのカーテンが、その輪郭を金色に光らせている。懐ろの深みへと招き入れられながら見やった周り。ああ、品のいいものばかりが揃えられてたんだと今頃気づく。室内の調度に目をやる余裕もないままに。その感覚も、意識も想いも、目の前の愛しい人で埋め尽くされて…満たされた、昨夜だったから。どこにも隙間の出来ぬようにと、もどかしいままのしゃにむにすがれば、こちらの非力を補ってあまりある力強さで、そちらからも抱き締めてくれた人。長い腕にて引き寄せられて、雄々しい胸元に閉じ込められて。あっさり馴染んで包み込まれて。体格が違うことなんて関係ないんだと、シャツ越しの感触、充実した胸の隆起へと頬を寄せたまま、うっとり思ったセナだった。………そう、今と同んなじに。

  「………。」

 膝頭を開いたその間まで、ぎりぎり引き寄せて抱きしめた小さな恋人は、いつまでもこうしていたいほどに、ささやかな温みがそれはそれは愛おしく。インカレスポーツの世界では、屈強な筋骨に鎧われし四肢と、なのにも関わらず疾風の如き素早さで、的確に相手を捕らえ、叩き伏せてしまえる荒業をして“瞬殺の白騎士”などと呼ばれている彼なのにね。
“………。”
 この彼を前にすると、時折、どうしていいのだか判らなくなることがある。言葉が足りない自分。表情も乏しいし、いわゆる機微とかいうものにもとことん疎くて、なればこそ…自分で自分がもどかしくなる。こうしていたいと思うのは、自分の側の勝手な感情。これだけのことで自分は心が浮き立つほどにも満たされるが、

  ――― では彼は? セナの方はどうなのだろうか。

 昔はそんなことにまで、いちいち思慮を広げはしなかった。フィールドに立っていて意識を研ぎ澄ますのとはまるきり違う、勝手の差異がもどかしい。例えばすぐお隣りのクラスメートとも、興味や得手のジャンルが違うことは珍しくなく。だからと話が通じぬことへも、特に不自由はしなかった。昨日よりも今日、今日よりも明日、強い自分でありたいとだけ、切実に目指していた進だったから。真っ直ぐな強さにしか関心がなかった自分だったから、気が利かない朴念仁でも構わなかった。それで誰かを傷つけることもあるまいと、誤解されても意に留めず、長い間、それでいいとずぼらをして来たその報い。今頃になって、その遅れをどうやって取り戻そうかと、ちょっぴり焦れてる困ったお人で、

 「………あ。」
 「どうした?」
 「あのあの、進さん。今日はバレンタインデーですよね?」
 「そうだったか?」
 「はい。/////////

 ちょっぴり遠出した先で、今頃になって唐突に思い出すというのも彼ららしいのんびりぶりだが、

 「もしかしたら、それでなのかも知れませんね。」
 「蛭魔が、休みの学校相手に“偵察して来い”と言ったのが、か?」

 それでの遠出となってた彼らであるらしく。こちらを見上げながら、こくりと頷いた子供っぽい所作。そのまま心持ち小首を傾げる仕草と、大きな瞳にたたえられた潤みとが、何とも言えず愛しくて。こんなに小さな君を、だが、もしももしも失ってしまったら。その空白の大きさはいかばかりだろかと、何の不満もない今から、やはり勝手に心配している仁王様。愛は人を強くするけど、恋は時に混乱をも呼ぶ。そうは見えない大人びたお顔のその陰で…実は実は、慣れぬ想いのほろ苦さへと、これでも戸惑いを隠せないらしき騎士様だったが。いい機会だからせいぜい堪能しなさいなと、今日一日は大忙しな天使が、苦笑混じりにどこかで囁いたようでした。




    Happy St.Valentine day !





  〜Fine〜  06.2.13.〜2.14.


  *何だか良く判らないお話になってしまいましたな。
   甘いラブラブ・バカップルを追及したかったのですが、
   ウチの彼らはまだまだ修行が足りないところが多いみたいで、
   時々思い出したように、こんな風な恐慌状態に陥って下さいます。
   ………セナくんはともかく、進さんの方だけでも落ち着いてくんないかしらん。
(ひぃ〜ん)
   こんなややこしいので宜しければ、DLFとさせていただきます。

ご感想はこちらへvv**

戻る